
日米関税交渉をめぐる“電撃合意”の背景には何があったのか?そしてアメリカに“自国に都合の良い事”だけを言わせないために日本が早急にすべきこととは?
【写真を見る】関税15%と引き換えに「80兆円投資」…“利益9割”発言は「額面通り受け取ったらダメ」【Bizスクエア】
合意はしても「安心していられない」
難航していた日米関税交渉が、急転直下決着した。
交渉を担当した赤沢経済再生担当大臣が明かした、合意した4つの内容は―
▼【相互関税】15%(元々15%以上のものは現状維持)
▼【自動車・自動車部品】15%(元々の関税2.5%+上乗せ分12.5%)
▼【コメ】関税ゼロで輸入できる「ミニマムアクセス」の枠内で、アメリカからの輸入を直ちに75%増やす
▼【投資】日本の経済安全保障に関わる分野で、政府系金融機関による出資や融資保証で、最大5500億ドル(約80兆円)の投資の枠組みを設ける
強気だったトランプ氏を合意に向かわせたものとは何だったのか。
日米の通商政策に詳しい細川昌彦さんは“立役者”として、ある人物の名前をあげる。
明星大学教授 細川昌彦さん:
「ラトニック商務長官と赤沢大臣は毎回会って詰めた議論をしてきた。日本が最重視している自動車関税。これだけ重ねて会うということは、相手も進展していないと会うわけがない。投資の問題についても、これならトランプ大統領に話ができると判断して、トランプ氏と急遽会うと。予想を超える進展をした立役者はラトニック商務長官」
また、トランプ氏が合意した動機について、国際金融や日本経済などが専門の白井さゆりさんは「巨額の投資」をあげる。
ホワイトハウスのホームページには、合意内容として他にも
▼ボーイング社製航空機を100機購入
▼防衛装備品を毎年数十億ドル追加購入
▼アラスカ産“LNGの取引協定を検討”
▼アメリカの“自動車基準を日本で承認”
などが出ているが、コメや航空機などの輸入は「大した額にならないから」だという。
慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆりさん:
「日本の対米貿易黒字額は650億ドル。コメや航空機など輸入しても半分も減らない。トランプ氏の目的はやはり5500億ドルの投資枠。ただアメリカの専門家からはすでに『内容が何もない』『恐らくこんな金額は実現しない』と非難が出ているので、トランプ氏がどう日本に5500億ドルを約束させるのか、それを見ていかなければいけない」
――アメリカ国内では「絵に描いた餅だ」という批判が出ている?
白井さん:
「しかもトランプ氏の残り3年半の任期で達成できることではないから、少なくともトランプ氏は絵に描いた餅ではないということを示していく必要がある。なので日本は安心してらいられない。これからきちっと詰めていく必要がある」
米国に利益9割「額面通り受け取ったらダメ」
改めて、トランプ氏と赤沢大臣の交渉はどのようなものだったのか?
その一端がわかる1枚の写真がある。
ホワイトハウスの高官がSNSに投稿したもので、トランプ氏と対面して座る赤沢大臣。トランプ氏の前には、ラトニック商務長官が置いたとみられる<日本のアメリカへの投資>というタイトルのボードが置かれている。
タイトルの下には<関税率は10%><自動車・医薬品・半導体は15%>という文言。
さらに、投資額の<4000億ドル>という文字は<5000億ドル>に手書きで書き換えられ、その下に<利益の分け前は50%>とある。
トランプ氏がその場で金額を手書きで直し、“合意は口頭で”行われたという。
明星大学教授 細川昌彦さん:
「トランプ氏が主導権をもって変えさせたのを目に見える形でアピールしたいがために、わざとボードが見えるように写真を撮らせた演出」
そしてトランプ氏が23日に、投資の利益分配について「正確に言えばその90%は実質的に全て我々がコントロールしている」と発言したことについても―
細川さん:
「額面通り受け取ってはいけない。これもトランプ流。トランプ氏に『俺はこれを取ってきた』とアピールさせるために“利益9割”だと。9割の意味は誰も詰めていない。厳密な意味で企業経営上の利潤をきっちり1対9に分けると真面目に考える必要は全くない」
アメリカの要求がよりシビアに
また、23日ホワイトハウスが発表した合意内容の詳細には日本から勝ち取ったとされる項目がずらりと並び、「投資」の項目には気になる文言が―
<日本は、アメリカの中核産業の再建と拡大のため、米国の指示により5500億ドルを投資する>
投資額の5000億ドルが5500億ドルに変わっているのだ。
細川さん:
「日米の合意文書を作ってないからこういうことが起こる。あたかもトランプ氏の指示の元に投資するかのような書き方だが、あくまでもアメリカ側の或いはトランプ氏自身が国内向けにアピールしたいがための言葉。額面通り受け取る必要は全くない。従って早急に合意文書=日米間で共通認識を書いたものに落とし込む作業をしないと、アメリカは都合の良いことだけ言ってくる。一旦口頭で合意した後のプロセスがこういう時はとても大事」
慶應義塾大学の白井さんも、「これからが正念場」と話す。
慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆりさん:
「投資枠5500億ドルが一番大きいことで、しかも民間の企業がリスクのある投資もしなければいけない。それだけのものをするのかということが今後問われるし、何よりも90%以上の利益をアメリカが維持することがどういうことなのかが問われてくるので、これから正念場だ」
「15%関税」日本経済への影響は?
ひとまず「15%」で決着した関税の影響は、どう出てくるのだろうか?
▼相互関税:15%(元々15%以上のものは現状維持)
▼自動車・自動車部品:15%(元々の関税2.5%+上乗せ分12.5%)
▼鉄鋼・アルミニウム:50%
この点についても、白井さんは「安心できない」と懸念する。
慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆりさん:
「メキシコやカナダからの輸出は、アメリカのローカルコンテント(現地調達率)などの条件を満たせば関税0%だがそれ以外は25%なのでアメリカの自動車産業と労働組合からは『日本が優遇されている、不公平だ』と不満が出てきている。15%がこの先どうなるか、輸出枠を設定される可能性もあるのであまり安心できる状況ではない」
また、関税の影響に関する試算では、GDPの押し下げは軽微にとどまるというものもあるが、日銀が利上げ路線に転換する可能性について、日銀審議委員も務めた白井さんはどう考えるのか。
▼【実質GDP】(関税25%なら)0.85%下押し→(関税15%で)0.55%下押し
※『野村総研』木内登英氏の試算
▼【日本車7社合計の関税負担分】関税25%に比べ「約1兆6000億円圧縮」
▼【日本車7社の減益幅】47%→25%
※『ゴールドマン・サックス証券』湯澤康太氏の試算
白井さん:
「メキシコやカナダの関税率などもまだ非常に不確実。それから日本の関税率もこれから変わりかねない。そんな状況で利上げは考えられないと思う」
――では、アメリカはどうか。インフレ懸念が依然としてあり、利下げには踏み切れないか
白井さん:
「足元のインフレ率が少し上がってきている。全てが関税のせいではないが、今後もっと影響が出てくると思う。8月1日以降に関税率がどうなるか。もしメキシコなどが関税率35%とかになってくるとインフレ率も上がってくる。市場は9月の利下げと思っているが早すぎる。9月のデータを見るためには10月12月が利下げを考える時期だと思う」
アメリカの高関税いつまで続く?
今回、ベッセント財務長官からも、気になる発言が出ている。
「四半期ごとに合意の実施状況を評価し、大統領がそれに不満なら自動車も他の製品も25%の関税に逆戻りするだろう」(米FOXニュース・23日)
日本はアメリカの高関税政策といつまで向き合うことになるのか―
明星大学教授 細川昌彦さん:
「関税は一旦上げると、なかなか下げにくい。政権が変わっても保護主義的な風潮はなかなか払拭できないので、高関税が“恒久化”していくということを覚悟して、それを前提にした経営判断をしていく。今だけだと思わない方がいい」
では、高関税が恒久化する世界になった場合、日本が取るべき道は何なのか―
慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆりさん:
「日本はアメリカに対してのみ貿易黒字なので、やはりアメリカの輸入に依存している。成長戦略を考え直すことが大事。アメリカ以外の、例えばアジアで、どうお互いに内需を拡大し、成長していくかというような発想を持つなど、アメリカに依存しすぎない経済構造を作っていく必要がある」
(BS-TBS『Bizスクエア』 2025年7月26日放送より)
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