
昨年(2024年)夏、スーパーなどの店頭からコメがなくなった「令和の米騒動」。一昨年の猛暑がコメの生産量と品質に影響したのが一因といわれ、24年の「新語・流行語大賞」の候補にもノミネート。コメの値段は今も非常に高く、総務省の全国消費者物価指数では、25年4月の「米類」が前年同月比+98.4%とほぼ倍額。
【写真を見る】物価高、あなたならどうする、どう思う!?~TBSの専門家が分析「データからみえる今日の世相」~【調査情報デジタル】
しかし、ここ数年で高くなったのがコメだけではないのは、ご存じの通り。「主要な食品メーカー195社における、家庭用を中心とした飲食料品の値上げ」を調べた帝国データバンクの価格改定動向調査では、22年が累計2万5,768品目(値上げ率平均14%)、23年が3万2,396品目(同15%)、24年が1万2,520品目(同17%)と、多くの食品や飲料の値段が上がりました。
同調査のレポートでは、22年は「原料高・原油高・円安の『トリプルパンチ』で記録的値上げ」、23年は「バブル崩壊以後で例を見ないラッシュの1年」、24年は「23年比6割減『抑制』傾向強まる」とのこと。
そう聞くと、生活に直結する食品や飲料の値上げだけに、誰もがその痛みを実感しているのでは。上記のレポートでは、25年は「24年を上回る可能性」とあり、私たちの値上げ疲れも一層濃くなる予感。
そんな私たちの気持ちを、実に半世紀以上も追いかけたデータがあります。
物価高騰、最も関心が高まったあの年
それが、TBS生活DATAライブラリ定例全国調査。
TBSテレビをキー局とするテレビの全国ネットワークJNN系列が、1970年代から毎年実施する大規模ライフスタイル調査で、同じ回答者のメディア行動や価値観、個人財・世帯財の購入などを総合的に調べる(シングルソースデータ)のが特徴です。
その膨大な調査項目の中に、「社会全般の関心事」として気になるものを選ぶ質問があり、「インフレ(物価高騰)」もその選択肢の1つ。
1973年から蓄積されているデータを、今回は首都圏在住の20~59歳男女について集計(注1)。すると「インフレ(物価高騰)」関心度は、次に示す折れ線グラフのような推移を示しました。
グラフが3分割されていますが、それは、年によって調査の実施月(注2)と回答形式に違いがあるため。特に回答形式の違いは、結果の数値の出方に影響するので、そのままグラフをつなげると結果を見誤りかねません。
「社会全般の関心事」の質問は、95年まで関心があるものを「3つまで選ぶ」方式(3A)、95年以降は「いくつでも選ぶ」方式(MA)で、95年は3AとMAの両方で回答を求めています(注3)。一般的には3AのほうがMAよりメリハリのある結果になるようです。
その3Aでは、いきなり74年に56%と最大のピークがありますが、これは、あの第一次石油危機によるもの。前年の73年、時の田中角栄内閣の列島改造論で起きた不動産ブームなどにより、日本経済が過熱。そこに原油価格の高騰が加わって、翌74年は全国消費者物価指数が前年比24.5%増という「狂乱物価」状態に。
また、80年にも第二次石油危機があり、39%のピークを記録。このときは、前年の79年に革命が起きたイランで原油生産が混乱し、世界的に原油価格が高騰。前回の経験がある日本は、政府が79年に省エネ法を制定、省エネキャンペーンを展開するなどして、比較的冷静に対応した模様。
その後、80年代前半に物価高が落ち着いていくとともに、3Aでの「インフレ(物価高騰)」関心度も急激に下がり、80年代後半は1割程度で安定。3A最後の95年は関心度8%で、これは、当時30個あった「社会全般の関心事」選択肢でのランキングでいうと15位。
95年はMAでも調べており、そちらの関心度は23%で、選択肢ランキングだと16位。同じときに同じ人に同じ事を質問しても、結果の数値が3AとMAではかなり違います。
MAになった95年以降では、08年に32%のピークあり。このときは、中国など当時の新興国(BRICs)の需要増や、リーマンショックで行き先を失った投機資金の流れ込みなどで、原油や鉄鉱石などの原材料や小麦などの主要食料品の国際価格が急騰。バブル崩壊で所得も伸び悩む日本の家計を直撃し、ガソリンも食品も高くて手が出なくなった人々の「節約志向」を強めることになりました。
そして今。グラフでは22年に突如43%のピークが出現し、23年、24年と4割弱を維持しながら「令和の米騒動」を迎えています。
第一次石油危機の渦中で、人は何を考えたか
第一次石油危機の74年には生まれていない人も、トイレットペーパーを求めて人々がスーパーに殺到する当時の映像を見たことがあるはず。まさに「狂い乱れる物価」でパニック状態の世相を象徴する映像です。
その74年、人々は狂乱物価にどう向き合おうとしていたのか。
TBS生活DATAライブラリでは当時、生活費の使い道を10個(「この中には1つもない」含む)示し、自分や家族の生活に「(物価高が)もっとも影響を与えている」ものと「節約をする」ものを、それぞれ3Aで尋ねています。
その結果をまとめた上の棒グラフを見ると、食費が影響を受けると答えた人が8割でダントツ。これに衣服費が4割、レジャー・交際費が3割で後続。
では何を切り詰めようかと思案しても、食費に手を付ける人は3割弱で、簡単に減らせるものではない。とすると、その次に影響を受けるレジャー・交際費や衣服費が節約のしどころ、と考えた人がそれぞれ7割程度でした。
遊びやファッションは我慢できても、御飯は食べないわけにいかない――。昔も今も結局そう考えるのは、半世紀前のデータが示す通りです。
今「非常にらく」に暮らす人も気にしている
そして今。直近(24年)の「社会全般の関心事」質問は、45個の選択肢をMAで回答。「インフレ(物価高騰)」関心度は39%で、45個中の5位。これを「現在の暮らし向き」という質問との掛け合わせで集計し直してみたのが、次の縦棒グラフの結果です。
昔から「犯罪・事件・非行」の関心度が最も高い「社会全般の関心事」ですが、今の暮らしの楽さ・苦しさが項目の選び方に影響するかも。特に家計の苦しさと「インフレ(価格高騰)」には、結構差が見られるのでは――。
そう考えた集計ですが、20~59歳全体の選択率ベスト5の結果は微妙。今の暮らし向きが「非常にらく」な人(うらやましい限り)は、いろいろな事柄への関心度が低めな様子ですが、「インフレ(物価高騰)」も含めて、あまり極端な差は見られず。暮らし向きに関わらず、誰でも気にせざるを得ないのが今の物価高、ということのようです。
コメ担当大臣は「米将軍」になれるか
一番最初の折れ線グラフに戻ってみると、08年のピーク以降、MA時代の「インフレ(物価高騰)」関心度は2割程度。それが22年に43%と急激に高まり、さながら地殻変動で隆起した断層のよう。
バブル崩壊後の「失われた30年」を経て、すっかり物価の安い生活に慣れていた私たちに、物価高騰の波が押し寄せている今。「物価高に見合う賃金を」と賃金が上昇し、その人件費が転嫁されて価格が上昇、それがさらなる賃金上昇を呼び、という好循環が期待されるものの、果たしてどうなるか。
第一次石油危機の74年では、切り詰めにくい食費の代わりに衣服やレジャーの節約を人々が意識。その意識は、あらゆる物の値段が上がっていく今も同じと思いますが、切り詰めにくい食費のど真ん中であるコメの値段が高騰している今、深刻に感じる度合いは結構強いかも知れません。
江戸時代、コメの価格変動を防ぎ、調整を心がけた八代将軍・徳川吉宗は「米将軍」と呼ばれました。今、「コメ担当大臣」なる人が調整に躍起になっていますが、果たして歴史に名を残す働きをしてくれるでしょうか。
注1:TBS生活DATAライブラリ定例全国調査・TBSテレビ担当分の調査対象者は、東京駅起点30km圏(東京・千葉・埼玉・神奈川)在住の13歳以上の男女です。年齢の上限は1993年まで59歳、2014年まで69歳、15年以降74歳と順次拡大しています。今回の分析では時系列変化を見るため、集計対象を20~59歳に揃えています。
注2:TBS生活DATAライブラリ定例全国調査は、1999年まで5月と10月の年2回実施でした。それが2000年に11月実施に一本化され現在も継続しています。
注3:MAは「複数回答(multiple answers)」の略称で、回答数を制限した「制限複数回答(limited multiple response)」のうち、3つまで答えさせる形式(three answers)を「3A」と呼んでいます。本コラムの過去の記事「『いくつでも、お答えください』にどう答えるか」では、MAと3Aで結果の出方がどう違うか、詳しく検討しています。
引用・参考文献
● 「消費者物価指数」総務省統計局ホームページ
● 「『食品主要105社』価格改定動向調査―2022年動向・23年見通し」帝国データバンク業界動向
● 「『食品主要195社』価格改定動向調査―2023年動向・24年見通し」帝国データバンク業界動向
● 「定期調査:『食品主要195社』価格改定動向調査―2024年通年/2025年見通し」帝国データバンク業界動向
<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は法務・コンプライアンス方面を主務に、マーケティング局も兼任。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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