
光を失い、全盲になった女性の隣にはいつも盲導犬の姿が。出会って8年、その盲導犬が引退する日を迎えました。相棒との別れ、そして新たな出会いを追いました。
【写真で見る】「いつまでもいつまでも大好きです」引退する盲導犬への願い 8年寄り添った“相棒”との別れ 最後の日も笑顔で
「見えなくなったら生きていけないと思った」45歳で全盲になった女性
ー包丁に恐さはないのですか?
浅井純子さん
「あんまり私はなかったんですよね。元々やっていたからなのか」
浅井純子さん、51歳。重度の視覚障害があり、いまは全く目が見えていない。
そんな浅井さんの“目”となっているのが盲導犬のヴィヴィッドだ。2016年に浅井さんのもとにやってきた。
それから24時間365日ともに過ごし、生活をサポートしている。
浅井純子さん
「凸凹コンビやねんな」
ーどういうところが好き?
浅井純子さん
「無関心なところ。マイペースなのよね、この子。私と一緒で。そこがいい。ずっと私にべったりするわけでもなく、都合のいいときだけ『ママー』ってくる。それは私も同じ。自分の都合のいいときだけ『ヴィヴィー』っていく」
光を失って、音・匂い・手触りなど、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされるようになった。
浅井純子さん
「先生すみません、マル改行。SNSの周知はどのようにしたらいいか、また教えてください。マル改行。よろしくおねがいします、マル」
スマートフォンの操作はお手の物。聞き取れないほどの速さの音声ガイドを利用してメールを送信。SNSも発信する。
おしゃれが大好きで、メイクも手際よくこなしている。
浅井純子さん
「使いやすいものを使っています。輪ゴムを付けたりして(区別できるようにしている)」
身体に異変が起きたのは30歳のころ。突然周りがぼやけて見えたことが始まりだった。
病名は「モーレン潰瘍」。自らの免疫が角膜を攻撃してしまう疾患で、医師からは「角膜移植しか治療法がない」と告げられる。
数えきれないほどの手術をするも、少しずつ視力が落ち、45歳で全ての光を失った。
浅井純子さん
「見えなくなったら生きていけないと思った。なにも楽しみもない、どうやって生活していくんだろう。鬱とかにはならなかったし泣くこともなかったけど、もう死のうと思いました」
病気が発症したのは夫の茂さんと結婚した翌年。茂さんはそれから21年、隣で寄り添い続けてきた。
夫・茂さん(69)
「これは面倒見ないとあかんと思いました。逃げ出そうとかはなかった。私が助けないと周りは助けられない。一緒に生活しているので私しかいない」
“全盲の世界”を楽しんでやろう 女性を変えた出会い
大きな転機となったのは、9年前、ヴィヴィッドとの出会いだった。
元気いっぱいに生きるヴィヴィッドと触れ合い、“全盲の世界”を全力で楽しんでやろうと考えるようになった。
ふさぎ込んでいてもダメだ、と外にも積極的に出ていくようになった。マラソンや社交ダンスにも挑戦し、活動の範囲を自ら広げてきた。
浅井さんは大阪市にあるアパレルメーカーで、従業員向けのマッサージをするヘルスキーパーとして働いてきた。マッサージの技術は盲学校で学んだ。
ランチタイム、大好きなおしゃべりの時間。浅井さんはどんな出来事も“笑い”に変える。根っからの関西人だ。
浅井純子さん
「(義眼を)いじくり倒しててん、電車の中で。それがコロンって落ちた」
社員
「めちゃ転がっていきそう」
浅井純子さん
「『目ーー』って言って」
社員
「すぐに見つかったん?」
浅井純子さん
「車両がシーンってなった」
この日、盲導犬の訓練所を運営する「日本ライトハウス」の職員がきていた。
ヴィヴィッドがこれまで通り、安全に誘導できているかを確認するためだ。このとき、9歳半。人間に例えると70歳ほどだそう。
日本ライトハウス 桒木雄介さん
「いまのところ大きな問題はない。足の動きも年相応というのがあるけど、いますぐになにかというわけではない。あとは今の状態をどれだけ現状維持できるか」
盲導犬の引退は10歳前後といわれている。引退後は別の家庭に引き取られることになる。
2024年9月、同じ盲学校に通っていた友人2人が自宅を訪れた。
友人の女性は遺伝性の病気を患い、29歳から徐々に視力が低下し、今はほとんど見えていない。同じ苦しみがわかる浅井さんに聞いてほしいことがあった。
友人
「息子の目が見えなくなってきた」
中学生の息子が4か月前に同じ病気を発症。進行が早く、悪化しているという。
友人
「うちは好きなことができた。趣味を見つけて、遊んだり、仕事にも就いて、結婚して子どもを産んでから(目が見えなくなってきた)。だけど息子はまだこれからなのになって。子どもたちには、見えていたら楽しいこといっぱいできると言って育ててたから。見えなくても楽しいことはあるけど、見えていたらいっぱいあるやん」
浅井純子さん
「それは事実やな」
友人
「そう考えたら、かわいそうと言ったらあれだけど、申し訳ないなと思う」
浅井純子さん
「でも、よく言うやんか。お母さんが申し訳ないと思っているのが子どもにはわかるって。それがしんどいっていうやん」
友人
「自分も母親からごめんごめんって言われていたけど、それが嫌で。謝られてもなにもできへんやん。謝られたらそれ以上何も言えない、辛いとか泣き言が吐けなくなるやん。だから息子には『お母さんのせいで病気になったかもしれないけど、謝らへんからな』って言った」
浅井純子さん
「それでいいと思う」
苦しみがわかるからこそ簡単に「大丈夫」とは言えない。でも乗り越えられるはず。そう強く信じている。
別れの日 “盲導犬”引退し、新たな環境へ
この日は義眼のメンテナンス。定期的に通っている場所だ。
技師
「入れた感じはどうですか?」
浅井純子さん
「あんまりわからない。パチパチと鳴るのがなくなっている。瞬きすると空気が入って音が鳴っていたので、それがないです」
どんな時もヴィヴィッドが隣にいる、当たり前の日常が終わろうとしていた。
ヴィヴィッドが浅井さんのもとを離れる日がやってきた。
浅井純子さん
「悲しみと思うとつらいので、婿にやると思うと喜びなので、婿にやると思っている。あんまり別れるではなく、婿にやると考えている」
新しい飼い主との対面の時。
浅井純子さん
「おはようございます」
新たな飼い主 曽我幸祐さん
「曽我といいます、よろしくお願いします」
夫・茂さん
「どうですか?見た感じ?」
新たな飼い主 曽我幸祐さん
「かわいらしいですね。僕も昔、迷子犬のゴールデンを飼ったことがある。その犬の表情が忘れられなくて、もう一度飼いたいと思っていたんです」
男性は愛媛県にある自宅で、妻と娘の3人でヴィヴィッドを迎え入れる。
日本ライトハウス 山口さん
「浅井さんからは最後にお伝えすることは?」
浅井純子さん
「大切に育ててもらえれば。よろしくお願いします、わがまま息子ですけど。なあ、婿に行くねんな、ヴィヴィちゃん」
新しい環境に慣れてもらうため、1年間は会いに行かないと決めている。浅井さんは笑顔でヴィヴィッドを見送った。
浅井さんの元を離れて2か月。愛媛・大三島にヴィヴィッドの姿があった。
盲導犬を引退したヴィヴィッドはいま、この島で暮らしている。盲導犬の役目を終え、新しい環境にすっかり馴染んだ様子だ。
曽我晃子さん
「最初は玄関のほうを向いて立ち、帰りたい感じ。なんで浅井さんは来ないんだろうと」
曽我幸祐さん
「1週間後ぐらいから僕らを信頼し始めたというか、ようやく表情が和らぎました」
ーこの土地にも慣れた?
曽我幸祐さん
「そうですね、ちょっと犬に戻りつつある」
新たな出会いがくれた“気付き” 再会の日まで
ヴィヴィッドと対照的な真っ黒な毛の盲導犬。浅井さんの新しいパートナーのライズ(2)だ。
共に生活するようになって約2か月。ヴィヴィッドと築いたような関係になるには、まだまだ時間はかかる。
でもライズと一緒になり、分かったことが1つある。
浅井純子さん
「どうしても『ヴィヴィッドは元気かな、新しい環境でうまいことやっているかな』と思うんですよ。でもそれを思ったときに、ライズも新しい場所にきて、ヴィヴィと同じ環境だなと(気付いた)。こんな風に犬の受け入れがあって、もちろん無償の愛でかわいがる。ライズがうちの家にいるかんじと、ヴィヴィも一緒なんだろうなって思えた。そこから『ヴィヴィ大丈夫かな』と考えることがなくなりました。それはライズのおかげ」
ヴィヴィッドが引退した日、浅井さんは決して表に出すことのなかった本当の思いをメモに残していた。
浅井さんのメモ
「彼はママを冷たい人間と思ってるかもしれない。でも私はそれでいい。次の過程に早く馴染めるように心からママ大嫌いと思って欲しい。いっぱいいっぱい愛した日々は、忘れないと思うから」
「ヴィヴィッドいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもあなたのことを大好きです」
共に過ごした8年、ヴィヴィッドは浅井さんの人生に光を灯してくれた。
再会は2025年の秋だ。
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