
10日にバスケットボール男子グループリーグで競技が始まった第20回愛知・名古屋アジア競技大会は19日の開会式を経て、各競技が本格化する。20日からは空手道がスタート。日本勢6選手は、32年ぶりの国内開催となる舞台で本家の底力発揮が期待されている。
【日程&放送スケジュール&代表選手一覧】アジア大会(愛知・名古屋)は9月19日の開幕を前に競技がスタート
その前回、日本開催だった1994年第12回広島アジア大会で正式採用された空手道は、以来、2023年第19回杭州大会の3個を含めて8大会連続で33個の金メダルを獲得したお家芸だ。今回も序盤で日本選手団に勢いを付ける存在を託されている。競泳、バスケットボール男子、トライアスロン、自転車等も20日に決勝が予定されているが、金メダル第1号の可能性もある。
空手道は男女の個人、団体15種目で各国のエントリーが最大6人とされ、日本は男女組手に4人。男女の形にそれぞれ1人を送り込んだ。中でも注目されるのが女子組手の新エースに躍り出た61㎏級の嶋田さらら(25)=学校法人国士館職=だ。
「一番勝てない階級」に突如あらわれた今年の世界1位
女子組手5階級の真ん中にあるこの階級は、世界的な女子選手の平均体格で選手層が最も厚い。普及が遅れていた時代(旧60㎏級)は日本から世界王者が誕生したが、90年代後半からは皆無。21年東京オリンピックでもメダルを逃し、「日本が一番勝てない階級」と見られていた。
その逆境の階級に現れたのがスピードある華麗な攻撃力を持つ嶋田だ。171㎝。昨年の世界選手権は8強だったが、今年に入って2大会優勝を含め、出場4回の国際大会全てでメダルを獲得。急激に力を付けてきて、強豪選手を次々に圧倒。今年のポイントランキングで世界1位に立っている。
急成長を支えた「エキセントリックトレーニング」
4歳上の兄にくっ付いて3歳で空手を始めたという嶋田は千葉県四街道市出身。秀明八千代高ではタイトルには届かず、硬軟織り交ぜたテクニシャンだったが、線の細さのある選手だった。だが、大学進学後、背中の厚みが増し、力強さが出た。急成長の秘密を握るのが昨年から取り入れたエキセントリックトレーニングだ。これは重いバーベルなどを持ち上げるのではなく、負荷に耐えながらゆっくりと降ろすような動作を中心にするトレーニング法で、嶋田の場合、数カ月で垂直跳びが8㎝伸び、筋力が約40%も増加したという。
学生時代から指導を続けるナショナルチーム組手コーチを務める亀山歩・国士舘大監督が証言する。「他の選手でも、このトレーニングで効果を出しているが、嶋田は、それを競技に見事に取り入れ、絶対的な得意パターンを作り上げた。その結果、それを中心に試合を組み立てることで、今度は相手がその技を警戒し、他の攻撃も決まるようになっている」
世界の壁を破る「二段階のワンツー」
手に入れた嶋田の得意技が上段突きのワンツーだ。右手、右足を前に構え、まず踏み込んで右手で相手の顔面を突き、すかさず左手で2発目を突く。元々あるスピードに新しいトレーニングで得た下半身の筋力を活かし、一気に距離を縮める動きを習得した。
しかし、それがそのままで通用するほど世界は甘くはない。日本選手よりも手足の長い外国人選手と戦う場合は、間合い、相手との距離の違いを考える必要がある。そこで、踏み込む右足を2段で追い込む練習を重ねた。外国人選手は手の突きよりも、足の蹴りが多い。このため、その警戒は十分にするが、守りに入る気はない。「蹴りを頭に入れながらだが、自分の攻撃に徹する。注意するのは中途半端な距離にならないこと。自分の突きの届く近い距離か、相手の蹴りの届かない遠い距離にいること」を徹底した。
成果が出たのが6月にインドネシアであったアジア選手権だ。前週にも国際大会があるハードスケジュールだったが、嶋田は順調に勝ち上がり、決勝へ。相手は世界選手権3位のカザフスタン選手に対して、イメージ通り先にワンツーで先取。3―0からポイントの奪い合いになったが、一度もリードを許さず、最後は5―4で押し切り、危なげなく初のアジア王者の栄冠をつかんだ。
パワーアップと技の切れを手にした嶋田だが、「心の成長」も見逃せない。以前は「負けたら悔しいという思いだけだった」というが、今は「勝つために、何が足りないのか、を探している」という。「空手は体格差があってもめちゃくちゃ有利でもなく、スピード勝負で勝てたりする。どんなに強い選手でも迷ったり、焦ったりしてポイントを奪われ、負ける原因がある。いつもだったら勝てる相手に負けることも。そこが面白い」
亀山コーチ曰く、「言葉で具体的な質問をしてくる。自分の知識量だけでは足りない問いがどんどん来るので、こちらも勉強しないと追いつかない」となる。
アジアを制して「新しい景色」へ
2021年東京オリンピックは、彼女にも多大な影響を与えた。この時、世界選手権への出場経験もなく、大学生だった嶋田は自ら申し込んで、ボランティアとして空手会場に入った。高校2年から体重無差別の全日本選手権等へは出場し、当時で「日本一」へのイメージはあったが、「世界一」は思い描くことが出来なかったという。それが初のオリンピック採用だった日本武道館で、ヒリヒリした緊張感と勝負にかける選手の鋭い目つきや気合に、これまでに感じたことのない興奮を覚えた。「これが世界最高峰の試合。自分もこういうところで優勝し、そこで新しい景色を見てみたい」。今までにない感情が湧き出た。
日本代表になり、昨年は非オリンピック競技が集まったワールドゲームス(中国・成都)に出場した。優勝こそ逃して2位だったが、初めて空手単独の国際大会以外の総合大会に参加した。驚かされたのは、選手村での待遇。食事の豪華さ、余暇時間用のスペースの設置はもちろんだが、一番驚いたのは洗濯機の数だったという。「空手だけの大会だと、宿舎に洗濯機が1台しかないこともしょっちゅうで、空手着を部屋の浴槽に入れ、足踏みして洗って干していた。総合大会は違うんだな、とビックリしました」
残念ながら空手は東京以降、オリンピックから外れている。だからこそ、このアジア最大の総合大会であるアジア大会での勝利が意味を持つと考えている。「日本発祥だが、競技としての空手は日本人に浸透していない。オリンピックも1回では寂しい。空手をやっていない人たちが見てくれる舞台で、金メダルを取ることは大きなこと。自分の試合は2日目の21日だが、初日の20日から空手勢は頑張ります」
実は女子61㎏級は世界選手権で3位にチュニジア選手がいるが、他の1位から3位まではアジア勢。世界1位のイラン選手が今回は68㎏級にエントリーして不在だが、アジア選手権決勝で勝ったカザフスタン選手や、世界2位の中国選手もいる。勝ち抜くのは楽ではないが、その勝利の先にオリンピックであこがれた世界の頂点があるのは間違いない。
初出場のアジア大会。そこで嶋田は真のエースになり、新しい景色を見ることが出来るのか。
(スポーツライター/竹園隆浩)
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