
日本相撲協会に残るか、辞めるか。動向が注目されていた大相撲元横綱・白鵬の前宮城野親方、白鵬翔氏(40)が角界を去った。9日、同日付での退職を受け、東京都内で会見。「相撲に愛され、相撲を愛した25年でありました。新たな夢に向かって歩み出します」と心境を語った。
白鵬氏は、吹っ切れたように穏やかな表情で言葉をつないだ。まず、昨年2月に発覚した弟子だった元幕内・北青鵬の暴力事案に端を発し、指導責任を問われて宮城野部屋が事実上消滅したことを謝罪した。「伊勢ケ浜部屋に預かりになる事態を招いたこと、改めて弟子たちや応援してくださった方々にお詫び申し上げます」。
退職を選んだ理由は、「今の状況を考えると、外の立場から相撲の発展に力を注ぐことが良いと決断した」と説明。そして、「横綱昇進の時(伝達式)に『精神一傾を貫き、相撲道に精進致します』と申し上げたが、その思いは全く変わっていない」と述べた。
集めた弟子へも、愛情は変わらないと強調。「『無責任ではないか』とのご意見を聞いておりますが、退職後も親方たち、協会と密に連絡を取り、引き続き、見守り、応援する」と話した。
そして打ち出したのが「世界相撲グランドスラム」構想だ。アマチュアの日本相撲連盟、国際相撲連盟等と連携を取り、15回開催してきた白鵬杯世界少年相撲大会をベースに、今度は大人の大会を立ち上げるという。「世界には150カ国に横綱、チャンピオンがいる」と語り、大相撲のような無差別ではなく、男女の体重別の大会を目指すと発表した。
質疑応答でも、協会側への批判的なコメントはなかった。今後の活動を考えれば、刺激したくない思惑もあったろう。だが、それ以上に歴代最多の優勝45度を始め、土俵上で数々の金字塔を作り、自らの誕生日でもある3月11日に起きた東日本大震災からの復興に尽力してきた大横綱の引き際を、「見苦しくはしない」との思いは伝わってきた。
退職決断の時期を問われ、「3月。一門の親方から(理事会で部屋の再開は議題にすら上がらなかったとの)報告があり、悩んだ。弟子たちには(5月の)夏場所後に伝えた」と答えた。
退職届に当たる引退届を協会側が受理した今月2日に発表された文章への質問も出た。そこには八角理事長(元横綱・北勝海)から、7月の名古屋場所以降は同じ伊勢ケ浜一門の理事である元大関・魁皇の浅香山部屋に預かりを変え、「預かりの解除を11月場所(九州場所)後とすることを検討するように」と記されていた。「『部屋が復活出来る』というその話をいつ聞いたか。聞いた時の思いは」と問われた。
「(5月の)夏場所の後半でしたね。浅香山親方から。親方は一門の長でもありましたし、本当によく(私と協会側の)間をとってやってくれた。けど、親方自身の部屋のキャパ(建物の広さ)もある。そういう話はあったが、確実ではなかった」
その他、多方面からの慰留にも決意が変わらなかった訳を、「4月1日付で丸1年。いつ(宮城野部屋の再開が出来るのか)が見いだせず、『また延ばす』ということが大きいと思う。報道でいろいろ書かれましたが、後輩の照ノ富士が伊勢ケ浜親方になる。その下が嫌だ、というのは全くありません」と話した。約40分の会見中、白鵬氏が声を荒げることは一度もなかった。言いたいことは山ほどあったはずだ。だが、それを押し殺して、ファンや子どもたちへの区切りの場を設けたと感じた。
思い返すと、横綱在位時代から協会側とはボタンの掛け違いが続いた。相撲を「最終的にはスポーツ」と位置付ける白鵬氏側がいつも先にアクションを起こし、それに「伝統を守れ」という協会側が異を唱える構図。勝負内容を問う審判部批判。千秋楽の優勝インタビューで観客を促した万歳や三本締め等には処分が出た。立ち合いの張り手や相手の顎を狙ったようなかちあげには、横綱審議員会から苦言が続出した。
だが、審判部批判は筆者も不快に思ったが、張り手やかちあげは「美しくない」という指摘は頷けるものの、立ち合い腰高になり、脇も空く。「そこに付け込める力士にはやらない。対戦相手の力量不足」との声は親方衆に根強い。本場所神事の全ての終わりとなる「神送りの儀式」の前に三本締めで締めてしまった認識不足は問われなければならないが、満員御礼の館内は大喜びしていた。褒められた行為ではない。だが、「ファンサービスが行き過ぎた」と捉えることは出来なかったのだろうか。
根底にあるのは、やはり角界内に根付く外国出身力士への反感と恐れだと思う。大相撲が伝統文化であることは間違いない。元々の言葉や習慣の違いがあり、全てが日本人力士と同じとはいかないのは理解できる。だが、体力と勝負への執念を考えると、外国出身者が番付上位に並ぶ可能性は高い。異国で古い日本社会の縮図とも言える角界に馴染む努力をしている姿を、「多様性」として受け入れがたい空気感。それは小錦、曙、武蔵丸らハワイ勢が活躍した時代から、主流がモンゴル勢に移った最近でも変わらないと感じてしまう。
白鵬氏はモンゴル出身力士の中で唯一、日本人の妻をめとり、日本に骨を埋めるつもりで土俵を務めていた。だが、それでも現役の頃からしょっちゅう、「私はいつまで経っても、受け入れられない」と嘆いていた。
合わせて部屋の独自性を慮るあまり、全ての責任を師匠1人に負わせる風潮がある。白鵬氏の場合は、番付で言えば当時の師匠は元平幕。厳しく戒めることが難しいのは想像に難くない。だとしたら、角界の財産である横綱を協会全体で導いてやることは難しかったのだろうか。「自己責任」と決めつけずに、みんなで指導してやる思いやりが欲しかった。
現役引退前に出た一代年寄制度の廃止論も同様に映った。功績のある横綱に本人に限って現役時代のしこ名のままで親方としての年寄名跡を認める制度は、新しい形になってからは優勝20度以上が条件。大鵬(32度)、北の湖(24度)、貴乃花(22度)の3人が授かった。千代の富士(31度)は辞退。モンゴル出身の朝青龍(25度)は不祥事の引責引退で協会に残らず、話題にすらならなかった。
だが、年寄資格を望んでいた白鵬には適用しなければ、「人種差別」と批判されかねない状況だった。しかし、引退直前にまとめられた「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の提言書で、「名跡は受け継がれることで価値が増す。一代年寄を認める根拠は見出されない」との見解が示され、そのまま議論は断ち切れになった。
背景には、理事長を目指して協会執行部と対立し、最終的に辞職した貴乃花親方の騒動後遺症がある。人気絶頂だった「貴乃花」のしこ名が親方として残ったために、現役を退いてからもその知名度は抜群。粗い発言、行動をしても、世論の貴乃花支持は落ち込まず、協会への悪評ばかりが続いた。このため、白鵬氏が「白鵬親方」になった場合、同様に存在感を持ち続けることを関係者は異様に恐れていた。
外国出身者初の理事、そして将来は理事長職を夢見ていた白鵬氏に対し、協会側は年寄襲名(当初は間垣)にあたり、「今後は相撲界の習わしを守る」というような異例の誓約書も書かせている。角界では「再犯」というか、2度、3度と過ちを犯したとされる者に対しては、厳しい態度で接することが常識化されている。白鵬氏の場合は、過去の行いが全てカウントされているという認識。親方になってからも常に「執行猶予」に近い状態が続いていた。
退職の引き金となった弟子の暴力事案は、似たようなケースが他の部屋でも表ざたになっている。事実を隠蔽しようとした行為があったとされるが、それでも、今回のように部屋の預かり、後援会の解散まで踏み込んだ例は思い当たらない。角界内、外の「厳しすぎる」との声はただの白鵬ファンの擁護論だけではないだろう。「いじめだよ」というベテラン親方もいたほどだ。
協会発表資料には、「『弟子の指導に身が入っていないようだ』とも聞いていたので、早期の(宮城野部屋)再開の話は出せなかった」ともある。これに本人は、「3月に気持ちの揺れがあり、身が入っていないということがあったかもしれない。しかし、この1年間、一緒に過ごしてきた伊勢ケ浜部屋や宮城野部屋の若い衆は、(私が)どれだけ一生懸命にやってきたか知っている」と言った。
この指導の件も、先の浅香山部屋への預かりの件も、発表資料にあるのは、本人が心を決め、それを協会側が知った後の対応と思える。しかも、部屋の再開は九州場所後で決定ではない。そこで再び、理事会で審議するという話だ。もしも、それが「再開決定」であったなら、今回の退職劇は避けられた可能性もあったかもしれない。
「大相撲を日本の伝統文化と捉えて世界的なスポーツに広げたい。少子化も鑑みて、裾野の相撲人口を増やしたい」という未来を見据える考えが、「本場所の連続大入りが続く現状で、そんな必要はない」との意見に押しつぶされたようにさえ思えてしまう。
白鵬杯で国内外の小、中学生力士、保護者らと談笑して指導する。現役力士たちに部屋や一門を超えて声を掛ける。巡業の先乗りでもチケット完売に奔走する。そんな姿を見ると、相撲にかける情熱は本物だったと思う。
国技館の記者クラブには、担当の白鵬氏を尋ねて現役時代に対戦経験のある若手親方が出身地を問わず、訪れていた。流暢な日本語で、コミュニケーション能力が高いのは、テレビの解説でもおなじみだ。現役時代から支援するトヨタ自動車の豊田章男会長ら、大物スポンサーらは今後も支持を続けていく予定だという。
元貴乃花親方は協会を離れて角界に影響力のない存在になった。だが、白鵬氏はどうなるのか。相撲界にとって、逃がした魚は大きかったように思えてならない。
(竹園隆浩/スポーツライター)
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