国内
2025-07-31 07:00

団塊の世代が後期高齢者となった2025年。若い時代に豊かなライフスタイルを送った介護当事者の生きがいをどのように見つけるのか、老いていく体に心が追いついていかない"心のケア"の問題は今後ますます重要視されます。その解決の糸口として期待されているのが「介護美容」です。介護施設向けの化粧品の開発や、オンラインサロン「介護美容塾」に取り組む堀口カストゥリさんに「介護美容」の現状と課題、未来の展望を伺いました。
【写真】チビ爪が驚愕の変身を遂げた…長さ出しを終えたアフター画像
■元気だった祖母が認知症で無反応・無表情に…ネイルを施したことで奇跡の回復
――堀口さんは「美容の力で介護業界を明るくしたい」という思いから、29歳で起業されたそうですね。
【堀口カストゥリさん】きっかけは一人暮らしだった祖母が認知症を患ったことでした。もともと祖母はとてもオシャレで、1人でどんどんカフェに行くような活動的な女性だったんです。またオペラを習っていたりと、社会参加にも積極的でした。ところが、コロナ禍で外出や人と会う機会が急激に減ってしまって。またあの時期は私たちも祖母に会いに行くのを控えていたため、久しぶりに会った時には認知機能がかなり低下していたんです。私の顔や名前すらわからなくなっていました。
――それからは頻繁に会いに行くように?
【堀口カストゥリさん】はい。話しかけても無反応、無表情の祖母に戸惑いながらも、私に何かできることはないかと思って。そんなある日、祖母がメイクをしている私をじっと見ていることに気付きました。そういえば祖母はいつもキレイにお化粧していたなと思い出して、たまたま持っていたマニキュアを『好きだったよね』と言いながら塗ってあげたんです。そうしたら、それまで表情のなかった祖母がニコッと笑って『ありがとう』と言ってくれたんですよ。
――その変化には介護施設の方もびっくりされたのではないでしょうか。
【堀口カストゥリさん】そうなんです。祖母の笑顔を見たくて、その後は通うたびにマニキュアをしてあげるようになったんです。すると、それまでぜんぜん喋らなかった祖母の発話がみるみる増えていったんです。『こっちの色がいい』とか『○○さんからキレイって褒められたよ』とか。やがては私の名前もわかるほど回復して、施設の職員さんたちも『奇跡だ!』とおっしゃっていました。
■“ネイル”は鏡がいらない唯一のお化粧、一方で高齢者には刺激が強すぎる課題も
――おばあさまとの経験をきっかけに、介護現場に美容を取り入れることでポジティブな効果をもたらす「化粧療法」「介護美容」を学ばれたとのこと。美容にもメイクやマッサージなどさまざまありますが、ネイルならではの効果はあるのでしょうか?
【堀口カストゥリさん】もともと私がネイルメーカーに勤務していて、ネイリストの資格も持っているため、まずは自分に知識があるネイルに着目したところはありました。おそらくどの美容法も化粧療法の効果はあると思います。ただ高齢になると『老いた顔を見たくない』と鏡を見る機会が減る傾向にあって、介護施設では安全の観点から鏡を置いていないところも多いんです。それが美容離れにも繋がっているのかなと感じます。
――なるほど。せっかくキレイにメイクしても自分で見ることができないわけですね。
【堀口カストゥリさん】そうなんです。ネイルは鏡がなくても自分で見ることのできる唯一のお化粧なんですよ。また、人間は1日に約3万回手を見ると言われています。その部分に彩りがあると、自然と気分が高揚しますよね。それは高齢者も同じことです。しかも女性だけでなく、『帰ったらばあさんに怒られるかな』とか言いながら、ルンルンでネイルレクリエーションに参加してくださるおじいちゃまもけっこう多いんですよ。
――ただ高齢者の弱った爪や肌には、マニキュアは刺激が強すぎないですか?
【堀口カストゥリさん】介護従事者の方々にヒアリングしたところ、従来のマニキュアは介護現場向きではないことがわかりました。ツンとする匂いや誤飲したら危険な成分もそうですが、何より課題はオペレーション面です。一般のマニキュアは除光液を使わないと落とせないですから、ただでさえ忙しい介護現場の仕事を増やしてしまうことにもなる。それは私も本意ではないなと考えました。
――堀口さんが開発した介護施設向けのマニキュア「ネイルペン アキュレ」は、それらの課題をどのようにクリアしたのでしょうか。
【堀口カストゥリさん】成分の安全性は大前提として、私が最もこだわったのは形状です。マニキュアに慣れていなかったり、手元がおぼつかない高齢者の方でも、爪に塗り絵をするような感覚でネイルを楽しんでいただくためにペン型としました。
――つまりネイルペンは誰かに塗ってもらうものではなく、介護当事者が自ら使うものなんですね。
【堀口カストゥリさん】そうです。ひと昔前は認知症の人は何もできなくなる、だから何もかもお世話しなければならない──というイメージが根強かったと思うんです。ですが、現代は「残存機能の維持」が介護の基本。ご自身でできることはご自身でどんどん取り組んでいただくことが、介護当事者、介護従事者も、そして介護当事者の家族、すべての人のQOL向上に繋がると言われています。そういう意味では介護美容も施術を提供するだけでなく、介護当事者が自分でできる美容法を開発することも必要なのではないかなと考えています。
■“見た目は心の安定に直結”、当事者だけではなく家族や介護従事者の負担も減らす美容の効果
――昨年には介護美容のエビデンスが日本認知症ケア学会で発表されるなど、その効果は証明済みです。それでもまだ定着に至っていないのは、なぜなのでしょうか。
【堀口カストゥリさん】「美容は贅沢、介護の必需品ではない」という思い込みがまだまだ根強いのかもしれません。だから私は、介護美容はもちろん介護当事者のQOLや心身機能の向上などを目的としたものだけど、それだけではなく介護従事者や、介護当事者の家族の負担軽減や課題解決にも貢献するということをお伝えしているんです。
――具体的にはどういうことですか?
【堀口カストゥリさん】認知症の症状として暴力や暴言、ケアの拒否などが見られる方は、男女問わずいらっしゃいます。ですが、ネイルをキレイにしてあげると、所作や言葉が穏やかになり、職員さんも驚かれるほど態度が変わることがあります。また、介護されることに対して消極的だった方が美容を通じて心を開き、ケアへの拒否が減ったり、施設になじめなかった方がネイルをきっかけに周囲と会話するようになるといったケースも実際にありました。見た目は心の安定に直結しています。ですので、すぐに介護美容を導入できなくても、「もし拒否が強い方がいらしたら、前髪を整えてあげるだけでも心がほぐれることがありますよ」とお伝えしています。
――介護当事者の家族には、どんな良い効果が考えられますか?
【堀口カストゥリさん】介護施設には今なおネガティブなイメージが付き纏いますよね。そのせいで親を入れることに後ろめたさを感じた結果、介護離職や介護疲れを起こしてしまう…。こういうことが日本中で起きているのかなと思います。ですが、施設に利用者さんの笑顔に溢れていたら、家族も安心してお預けできますよね。私は介護施設がもっと積極的な選択肢になるべきだと思っていますし、そのためにも介護美容の周辺にポジティブなトピックスをたくさん生み出せるように取り組んでいきたいと思っています。
取材・文/児玉澄子
PROFILE /堀口カストゥリ
ラヴィーナ株式会社 代表取締役
アパレルメーカーにて勤務後、かねてより興味があったネイルの勉強をするためにネイルスクールに通い、ネイリスト資格を取得。その後ネイル製造メーカーに勤務。コロナ禍に祖母が認知症を患ったことをきっかけに、介護の資格を取得。祖母がネイルによって元気を取り戻したことがきっかけで介護美容の可能性を感じ、福祉業界初のペン型マニキュアの開発に着手。1年半の開発期間を経て、製品を完成させ、ラヴィーナ株式会社を立ち上げ。年間約300施設/約1,800人の方に介護美容サービスを提供、各地で介護美容セミナー講師として活躍中。
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――堀口さんは「美容の力で介護業界を明るくしたい」という思いから、29歳で起業されたそうですね。
【堀口カストゥリさん】きっかけは一人暮らしだった祖母が認知症を患ったことでした。もともと祖母はとてもオシャレで、1人でどんどんカフェに行くような活動的な女性だったんです。またオペラを習っていたりと、社会参加にも積極的でした。ところが、コロナ禍で外出や人と会う機会が急激に減ってしまって。またあの時期は私たちも祖母に会いに行くのを控えていたため、久しぶりに会った時には認知機能がかなり低下していたんです。私の顔や名前すらわからなくなっていました。
――それからは頻繁に会いに行くように?
【堀口カストゥリさん】はい。話しかけても無反応、無表情の祖母に戸惑いながらも、私に何かできることはないかと思って。そんなある日、祖母がメイクをしている私をじっと見ていることに気付きました。そういえば祖母はいつもキレイにお化粧していたなと思い出して、たまたま持っていたマニキュアを『好きだったよね』と言いながら塗ってあげたんです。そうしたら、それまで表情のなかった祖母がニコッと笑って『ありがとう』と言ってくれたんですよ。
――その変化には介護施設の方もびっくりされたのではないでしょうか。
【堀口カストゥリさん】そうなんです。祖母の笑顔を見たくて、その後は通うたびにマニキュアをしてあげるようになったんです。すると、それまでぜんぜん喋らなかった祖母の発話がみるみる増えていったんです。『こっちの色がいい』とか『○○さんからキレイって褒められたよ』とか。やがては私の名前もわかるほど回復して、施設の職員さんたちも『奇跡だ!』とおっしゃっていました。
■“ネイル”は鏡がいらない唯一のお化粧、一方で高齢者には刺激が強すぎる課題も
――おばあさまとの経験をきっかけに、介護現場に美容を取り入れることでポジティブな効果をもたらす「化粧療法」「介護美容」を学ばれたとのこと。美容にもメイクやマッサージなどさまざまありますが、ネイルならではの効果はあるのでしょうか?
【堀口カストゥリさん】もともと私がネイルメーカーに勤務していて、ネイリストの資格も持っているため、まずは自分に知識があるネイルに着目したところはありました。おそらくどの美容法も化粧療法の効果はあると思います。ただ高齢になると『老いた顔を見たくない』と鏡を見る機会が減る傾向にあって、介護施設では安全の観点から鏡を置いていないところも多いんです。それが美容離れにも繋がっているのかなと感じます。
――なるほど。せっかくキレイにメイクしても自分で見ることができないわけですね。
【堀口カストゥリさん】そうなんです。ネイルは鏡がなくても自分で見ることのできる唯一のお化粧なんですよ。また、人間は1日に約3万回手を見ると言われています。その部分に彩りがあると、自然と気分が高揚しますよね。それは高齢者も同じことです。しかも女性だけでなく、『帰ったらばあさんに怒られるかな』とか言いながら、ルンルンでネイルレクリエーションに参加してくださるおじいちゃまもけっこう多いんですよ。
――ただ高齢者の弱った爪や肌には、マニキュアは刺激が強すぎないですか?
【堀口カストゥリさん】介護従事者の方々にヒアリングしたところ、従来のマニキュアは介護現場向きではないことがわかりました。ツンとする匂いや誤飲したら危険な成分もそうですが、何より課題はオペレーション面です。一般のマニキュアは除光液を使わないと落とせないですから、ただでさえ忙しい介護現場の仕事を増やしてしまうことにもなる。それは私も本意ではないなと考えました。
――堀口さんが開発した介護施設向けのマニキュア「ネイルペン アキュレ」は、それらの課題をどのようにクリアしたのでしょうか。
【堀口カストゥリさん】成分の安全性は大前提として、私が最もこだわったのは形状です。マニキュアに慣れていなかったり、手元がおぼつかない高齢者の方でも、爪に塗り絵をするような感覚でネイルを楽しんでいただくためにペン型としました。
――つまりネイルペンは誰かに塗ってもらうものではなく、介護当事者が自ら使うものなんですね。
【堀口カストゥリさん】そうです。ひと昔前は認知症の人は何もできなくなる、だから何もかもお世話しなければならない──というイメージが根強かったと思うんです。ですが、現代は「残存機能の維持」が介護の基本。ご自身でできることはご自身でどんどん取り組んでいただくことが、介護当事者、介護従事者も、そして介護当事者の家族、すべての人のQOL向上に繋がると言われています。そういう意味では介護美容も施術を提供するだけでなく、介護当事者が自分でできる美容法を開発することも必要なのではないかなと考えています。
■“見た目は心の安定に直結”、当事者だけではなく家族や介護従事者の負担も減らす美容の効果
――昨年には介護美容のエビデンスが日本認知症ケア学会で発表されるなど、その効果は証明済みです。それでもまだ定着に至っていないのは、なぜなのでしょうか。
【堀口カストゥリさん】「美容は贅沢、介護の必需品ではない」という思い込みがまだまだ根強いのかもしれません。だから私は、介護美容はもちろん介護当事者のQOLや心身機能の向上などを目的としたものだけど、それだけではなく介護従事者や、介護当事者の家族の負担軽減や課題解決にも貢献するということをお伝えしているんです。
――具体的にはどういうことですか?
【堀口カストゥリさん】認知症の症状として暴力や暴言、ケアの拒否などが見られる方は、男女問わずいらっしゃいます。ですが、ネイルをキレイにしてあげると、所作や言葉が穏やかになり、職員さんも驚かれるほど態度が変わることがあります。また、介護されることに対して消極的だった方が美容を通じて心を開き、ケアへの拒否が減ったり、施設になじめなかった方がネイルをきっかけに周囲と会話するようになるといったケースも実際にありました。見た目は心の安定に直結しています。ですので、すぐに介護美容を導入できなくても、「もし拒否が強い方がいらしたら、前髪を整えてあげるだけでも心がほぐれることがありますよ」とお伝えしています。
――介護当事者の家族には、どんな良い効果が考えられますか?
【堀口カストゥリさん】介護施設には今なおネガティブなイメージが付き纏いますよね。そのせいで親を入れることに後ろめたさを感じた結果、介護離職や介護疲れを起こしてしまう…。こういうことが日本中で起きているのかなと思います。ですが、施設に利用者さんの笑顔に溢れていたら、家族も安心してお預けできますよね。私は介護施設がもっと積極的な選択肢になるべきだと思っていますし、そのためにも介護美容の周辺にポジティブなトピックスをたくさん生み出せるように取り組んでいきたいと思っています。
取材・文/児玉澄子
PROFILE /堀口カストゥリ
ラヴィーナ株式会社 代表取締役
アパレルメーカーにて勤務後、かねてより興味があったネイルの勉強をするためにネイルスクールに通い、ネイリスト資格を取得。その後ネイル製造メーカーに勤務。コロナ禍に祖母が認知症を患ったことをきっかけに、介護の資格を取得。祖母がネイルによって元気を取り戻したことがきっかけで介護美容の可能性を感じ、福祉業界初のペン型マニキュアの開発に着手。1年半の開発期間を経て、製品を完成させ、ラヴィーナ株式会社を立ち上げ。年間約300施設/約1,800人の方に介護美容サービスを提供、各地で介護美容セミナー講師として活躍中。
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