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2026-09-04 08:30
三池崇史監督が初めてドキュメンタリーに挑んだ映画『襲名』は、十三代目市川團十郎白猿の襲名披露公演と、その舞台裏を3年以上にわたって記録した作品だ。2019年の襲名発表後、2020年に予定されていた公演はコロナ禍で延期され、約2年半を経て2022年に実現。作品は、その歴史的瞬間とともに、十二代目から十三代目、そして次の世代へと受け継がれる芸を映し出す。
【画像】ベネチアのレッドカーペットで見得を切る市川團十郎
團十郎と三池監督が映画でタッグを組むのは、2011年の『一命』、2014年の『喰女-クイメ-』、2017年の『無限の住人』に続き、本作が4度目。三池監督は、2015年に始動した「六本木歌舞伎」でも第1弾から第3弾まで演出を手がけており、2人は映画と舞台の双方で関係を築いてきた。
團十郎は、長期間にわたってカメラを向け続けた三池監督を「楽屋にいても違和感のない方」と表現する。一方、三池監督は、すでにSNSや密着番組を通して私生活も発信してきた團十郎に対し、改めて“素顔を暴く”ような撮り方はしなかった。2人に、本作ならではのアプローチと、父から子へ受け継がれる芸、その先に見つめる平和について聞いた。
――当初は、どのような作品を想定していたのでしょうか。
【三池崇史】最初は、襲名披露興行だけを淡々と記録に残すのが、一番スマートなんじゃないかと思っていました。ただ、海老蔵が團十郎になる前の姿や、市川家のことも含めて記録すべきだろうと。途中、コロナ禍による延期もあり、企画が始まってから完成まで、結果的に4、5年かかりました。
僕は歌舞伎については本当に素人で、團十郎さんと知り合って初めて触れたようなものです。あくまで團十郎さんを通した歌舞伎しか知らない。だから、高いところから知ったかぶりをして語ることはできないと思いました。こちらの意図を押し出さず、感動的にしすぎず、できるだけ演出を感じさせないようにしたかった。最終的にはナレーションもなくして、芸の一端をできるだけ臨場感のある形で見てもらおうと考えました。
――これまでの密着ドキュメンタリーとは、異なるアプローチを考えたのでしょうか。
【三池】團十郎さん自身がSNSで発信していますし、密着番組『市川海老蔵に、ござりまする。』などを通して、プライベートな部分もすでに紹介されています。そこは、そうした作品がすでにやっていることなので、何か別のアプローチはないかと考えた結果、出来上がったのが本作です。それでベネチアに呼んでいただけたのは、良かったなと。反響は実際に見ていただいてからですが、自分としては非常に好きな作品です。
――歌舞伎そのものを紹介する作品とも少し違うのですね。
【三池】歌舞伎というよりも、團十郎を見てもらう映画です。これからもいろいろな芝居をされ、どんどん変化していくと思いますが、襲名したあの日の芝居やオーラ、存在感は特別なものです。そこへ戻ることはできない。その瞬間を記録できたことに、この映画が存在する意義や価値を感じています。
――團十郎さんにとって、三池監督はどのような存在ですか。
【市川團十郎】歌舞伎俳優の楽屋には、昔からさまざまなお客様がいらっしゃいます。ただ、私は若い頃からそれが少し苦手で、人が入らない楽屋を作ってきました。そんな中、楽屋にいても違和感のない方が、歌舞伎俳優以外に二人だけできたんです。お一人が篠山紀信さんで、もうお一人が三池監督でした。
これほど存在感があるのに、いても平気なのです(笑)。自然や太陽、風、森のような、普通の人にはない自然なディテールを持っていらっしゃいます。
これまで映画や舞台でご一緒してきましたが、共通して感じるのは愛です。愛が深い。スタッフ一人ひとりに対してもそうですし、私に対しても、海老蔵時代の私と出会った時にいろいろと衝撃を受けられたようで、その時の強烈な印象を今も持ち続けている。きちんとリスペクトしながら、團十郎になる姿を見てくださった。その視線が、ほかの方とは明らかに違いました。
三池監督の作品には、暴力的だったり、激しかったりするものも比較的多いですよね。今回は初めてドキュメンタリーに挑戦され、観客の感じ方を特定の方向へ導くような意図や演出を極力そぎ落としていることに、新鮮さを覚えました。引き算をやり切ったときの演出力も、さらにすごいなと。新たな一面を発見させていただきました。
【三池】僕はただ、ビビって小さくなっていたから目につかなかっただけです(笑)。
【團十郎】いやいや、そんなことはないです。きめ細かいです。
――三池監督は、撮影を通して團十郎さんをどのような人だと感じましたか。
【三池】むき出しなんですよね。表も裏もない。普通のドキュメンタリーなら、バックヤードに入ってその人となりを探ろうとしますが、團十郎さんは、その人となりがすべて芝居の中に込められているんです。
僕らのように普通に生きようとしている人間から見ると、そこが魅力的でもあり、厄介な点でもある。映画の現場にいるときも変わりません。時間があると、いつも何かをしていて止まらない。普通なら少し休んだり、ぼんやりしたりしますよね。おそらく、それができない人なんでしょうね。
――映画には、團十郎さんから新之助さんへ芸が受け継がれていく姿も映っています。團十郎さんは、幼い頃のご自身と現在の新之助さんを比べて、どのように感じますか。
【團十郎】彼の方が、はるかに大人です。物事の分別をわきまえている。私は分からなかったですし、今も分かっていない(笑)。
――歌舞伎俳優としての新之助さんを、現在はどう見ていますか。
【團十郎】まだ海のものとも山のものとも分かりません。映画に映っているのは撮影当時の彼で、現在とは置かれている立場も違います。親子で共演する予定だった舞台を父親不在の中、ひとりでやり遂げたこともありましたが、当時は本人が自ら何かをしなくても務めを果たせるよう、周囲の大人たちが環境を整えていた時期でもあります。
團十郎を襲名した今は、私自身も演者として舞台に立ちながら、次の團十郎を育てなければならない。そのことについては、かなり計画的に考えています。ただし、その計画を本人に悟らせず、どのように進めていくかが大切だと思います。
現在13歳の市川新之助については、叱ってはいけない時期だと思っています。幸い、彼はよくできているから、私も今の時代に合った父親でいられる(笑)。これから紆余曲折しながら、晩年に團十郎になったときには、おそらく立派な團十郎になると思います。
――ご自身の父である十二代目も、團十郎さんの将来を見据えていたのでしょうか。
【團十郎】おそらく、私の父も計画的に動いていたのでしょう。私のような破天荒な人間を箱に入れるのではなく、「伸びるだけ伸びろ。あとは私が責任を取るから、好きにやれ」と。少しやりすぎたところもありましたけど(笑)。
でも、歌舞伎という言葉の語源でもある「かぶく」ことを忘れず、閉鎖的で伝統的な世界の中にそういう存在がいることも、ある程度は必要です。新之助は今のままでいいと思いますし、長女のぼたんにも才能があります。子どもたちの可能性をゼロにしないことが、親の務めだと思っています。
――本作はベネチア国際映画祭で上映されます。海外の観客に届けられることを、どのように受け止めていますか。
【團十郎】ヨーロッパという、伝統や芸術に深く共感し、共鳴してくれる文化圏で上映できることを、大変光栄に思っています。
継承や伝承の中で何が一番大切かといえば、平和ですよね。平和がなければ、伝承も継承もなくなってしまう。争いの多い現在の世界で、この映画に映る、十三代にわたって受け継がれてきた芸や精神を見てもらいたいです。
日本でもさまざまな争いがあり、第二次世界大戦で失われたものもあります。この映画に直接描かれているわけではありませんが、何かを受け継いでいくこと自体が、平和の尊さを伝えるのだと思います。こうした継承は、一つの世代だけで成り立つものではありません。受け継いできた人と、次に受け継ぐ人がいてこそ、未来へつながっていく。まずは平和でないといけないのです。
【三池】團十郎さんの話を聞いて、改めてすごいことだと思いました。現在のドキュメンタリーには、ガザや中東、ウクライナなど、紛争を扱った作品が多くあります。もちろん、そこにいる人たちが必然性を持って作る、非常に価値のある作品です。
一方、『襲名』は、争いの時代を乗り越えてきた歴史をあえて強調するのではなく、芸が日々受け継がれていく姿を映している。そうした営みを続けられる日常そのものに、平和が表れているのだと思います。平穏な日常が守られているからこそ、受け継がれてきたものを、さらに次の世代へつないでいける。現在の世界のドキュメンタリーの中では、そういう意味で異質な作品なのかもしれません。ベネチアの選考に携わった方々が、よく取り上げてくれたと思います。
――「第83回ベネチア国際映画祭」では現地時間9月4日にワールドプレミアとなる上映が予定されている。
【画像】ドキュメンタリー映画『襲名』場面写真
【動画】『襲名』杏ナレーションメイキング映像付き予告編映像
三池崇史監督×市川團十郎×新之助:ドキュメンタリー『襲名』ベネチア映画祭出品決定
【動画】ドキュメンタリー『襲名』本予告映像
市川團十郎×三池崇史監督、ドキュメンタリー映画『襲名』9月公開決定 カンヌで世界へ向けて発表
【画像】ベネチアのレッドカーペットで見得を切る市川團十郎
團十郎と三池監督が映画でタッグを組むのは、2011年の『一命』、2014年の『喰女-クイメ-』、2017年の『無限の住人』に続き、本作が4度目。三池監督は、2015年に始動した「六本木歌舞伎」でも第1弾から第3弾まで演出を手がけており、2人は映画と舞台の双方で関係を築いてきた。
團十郎は、長期間にわたってカメラを向け続けた三池監督を「楽屋にいても違和感のない方」と表現する。一方、三池監督は、すでにSNSや密着番組を通して私生活も発信してきた團十郎に対し、改めて“素顔を暴く”ような撮り方はしなかった。2人に、本作ならではのアプローチと、父から子へ受け継がれる芸、その先に見つめる平和について聞いた。
――当初は、どのような作品を想定していたのでしょうか。
【三池崇史】最初は、襲名披露興行だけを淡々と記録に残すのが、一番スマートなんじゃないかと思っていました。ただ、海老蔵が團十郎になる前の姿や、市川家のことも含めて記録すべきだろうと。途中、コロナ禍による延期もあり、企画が始まってから完成まで、結果的に4、5年かかりました。
僕は歌舞伎については本当に素人で、團十郎さんと知り合って初めて触れたようなものです。あくまで團十郎さんを通した歌舞伎しか知らない。だから、高いところから知ったかぶりをして語ることはできないと思いました。こちらの意図を押し出さず、感動的にしすぎず、できるだけ演出を感じさせないようにしたかった。最終的にはナレーションもなくして、芸の一端をできるだけ臨場感のある形で見てもらおうと考えました。
――これまでの密着ドキュメンタリーとは、異なるアプローチを考えたのでしょうか。
【三池】團十郎さん自身がSNSで発信していますし、密着番組『市川海老蔵に、ござりまする。』などを通して、プライベートな部分もすでに紹介されています。そこは、そうした作品がすでにやっていることなので、何か別のアプローチはないかと考えた結果、出来上がったのが本作です。それでベネチアに呼んでいただけたのは、良かったなと。反響は実際に見ていただいてからですが、自分としては非常に好きな作品です。
――歌舞伎そのものを紹介する作品とも少し違うのですね。
【三池】歌舞伎というよりも、團十郎を見てもらう映画です。これからもいろいろな芝居をされ、どんどん変化していくと思いますが、襲名したあの日の芝居やオーラ、存在感は特別なものです。そこへ戻ることはできない。その瞬間を記録できたことに、この映画が存在する意義や価値を感じています。
――團十郎さんにとって、三池監督はどのような存在ですか。
【市川團十郎】歌舞伎俳優の楽屋には、昔からさまざまなお客様がいらっしゃいます。ただ、私は若い頃からそれが少し苦手で、人が入らない楽屋を作ってきました。そんな中、楽屋にいても違和感のない方が、歌舞伎俳優以外に二人だけできたんです。お一人が篠山紀信さんで、もうお一人が三池監督でした。
これほど存在感があるのに、いても平気なのです(笑)。自然や太陽、風、森のような、普通の人にはない自然なディテールを持っていらっしゃいます。
これまで映画や舞台でご一緒してきましたが、共通して感じるのは愛です。愛が深い。スタッフ一人ひとりに対してもそうですし、私に対しても、海老蔵時代の私と出会った時にいろいろと衝撃を受けられたようで、その時の強烈な印象を今も持ち続けている。きちんとリスペクトしながら、團十郎になる姿を見てくださった。その視線が、ほかの方とは明らかに違いました。
三池監督の作品には、暴力的だったり、激しかったりするものも比較的多いですよね。今回は初めてドキュメンタリーに挑戦され、観客の感じ方を特定の方向へ導くような意図や演出を極力そぎ落としていることに、新鮮さを覚えました。引き算をやり切ったときの演出力も、さらにすごいなと。新たな一面を発見させていただきました。
【三池】僕はただ、ビビって小さくなっていたから目につかなかっただけです(笑)。
【團十郎】いやいや、そんなことはないです。きめ細かいです。
――三池監督は、撮影を通して團十郎さんをどのような人だと感じましたか。
【三池】むき出しなんですよね。表も裏もない。普通のドキュメンタリーなら、バックヤードに入ってその人となりを探ろうとしますが、團十郎さんは、その人となりがすべて芝居の中に込められているんです。
僕らのように普通に生きようとしている人間から見ると、そこが魅力的でもあり、厄介な点でもある。映画の現場にいるときも変わりません。時間があると、いつも何かをしていて止まらない。普通なら少し休んだり、ぼんやりしたりしますよね。おそらく、それができない人なんでしょうね。
――映画には、團十郎さんから新之助さんへ芸が受け継がれていく姿も映っています。團十郎さんは、幼い頃のご自身と現在の新之助さんを比べて、どのように感じますか。
【團十郎】彼の方が、はるかに大人です。物事の分別をわきまえている。私は分からなかったですし、今も分かっていない(笑)。
――歌舞伎俳優としての新之助さんを、現在はどう見ていますか。
【團十郎】まだ海のものとも山のものとも分かりません。映画に映っているのは撮影当時の彼で、現在とは置かれている立場も違います。親子で共演する予定だった舞台を父親不在の中、ひとりでやり遂げたこともありましたが、当時は本人が自ら何かをしなくても務めを果たせるよう、周囲の大人たちが環境を整えていた時期でもあります。
團十郎を襲名した今は、私自身も演者として舞台に立ちながら、次の團十郎を育てなければならない。そのことについては、かなり計画的に考えています。ただし、その計画を本人に悟らせず、どのように進めていくかが大切だと思います。
現在13歳の市川新之助については、叱ってはいけない時期だと思っています。幸い、彼はよくできているから、私も今の時代に合った父親でいられる(笑)。これから紆余曲折しながら、晩年に團十郎になったときには、おそらく立派な團十郎になると思います。
――ご自身の父である十二代目も、團十郎さんの将来を見据えていたのでしょうか。
【團十郎】おそらく、私の父も計画的に動いていたのでしょう。私のような破天荒な人間を箱に入れるのではなく、「伸びるだけ伸びろ。あとは私が責任を取るから、好きにやれ」と。少しやりすぎたところもありましたけど(笑)。
でも、歌舞伎という言葉の語源でもある「かぶく」ことを忘れず、閉鎖的で伝統的な世界の中にそういう存在がいることも、ある程度は必要です。新之助は今のままでいいと思いますし、長女のぼたんにも才能があります。子どもたちの可能性をゼロにしないことが、親の務めだと思っています。
――本作はベネチア国際映画祭で上映されます。海外の観客に届けられることを、どのように受け止めていますか。
【團十郎】ヨーロッパという、伝統や芸術に深く共感し、共鳴してくれる文化圏で上映できることを、大変光栄に思っています。
継承や伝承の中で何が一番大切かといえば、平和ですよね。平和がなければ、伝承も継承もなくなってしまう。争いの多い現在の世界で、この映画に映る、十三代にわたって受け継がれてきた芸や精神を見てもらいたいです。
日本でもさまざまな争いがあり、第二次世界大戦で失われたものもあります。この映画に直接描かれているわけではありませんが、何かを受け継いでいくこと自体が、平和の尊さを伝えるのだと思います。こうした継承は、一つの世代だけで成り立つものではありません。受け継いできた人と、次に受け継ぐ人がいてこそ、未来へつながっていく。まずは平和でないといけないのです。
【三池】團十郎さんの話を聞いて、改めてすごいことだと思いました。現在のドキュメンタリーには、ガザや中東、ウクライナなど、紛争を扱った作品が多くあります。もちろん、そこにいる人たちが必然性を持って作る、非常に価値のある作品です。
一方、『襲名』は、争いの時代を乗り越えてきた歴史をあえて強調するのではなく、芸が日々受け継がれていく姿を映している。そうした営みを続けられる日常そのものに、平和が表れているのだと思います。平穏な日常が守られているからこそ、受け継がれてきたものを、さらに次の世代へつないでいける。現在の世界のドキュメンタリーの中では、そういう意味で異質な作品なのかもしれません。ベネチアの選考に携わった方々が、よく取り上げてくれたと思います。
――「第83回ベネチア国際映画祭」では現地時間9月4日にワールドプレミアとなる上映が予定されている。
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