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2026-09-22 05:00
「イングランド・プレミアリーグ」クリスタルパレス所属の日本代表・鎌田大地が、「第105回全国高校サッカー選手権大会」の大会の顔であり、メインキャラクターとなる「応援リーダー」を務めることが22日、発表された。
【画像】応援リーダーに就任した鎌田大地によるメッセージ
鎌田は、京都・東山高校の1年時に選手権地区大会・決勝を経験したものの、全国大会出場の夢はかなわななかった。卒業後は、当時J1リーグのサガン鳥栖に加入し、5月にJ1初出場を果たした。サガン鳥栖で65試合13得点と活躍したのち、海外挑戦への強い意欲のもと、ドイツ・フランクフルトからのオファーを受けて20歳で欧州へ移籍した。
フランクフルト1年目は出場機会に恵まれず、翌年はベルギー・シントトロイデンへレンタル移籍。新天地では34試合15ゴールと大ブレイクを果たし、1年でフランクフルトへ復帰。2021-22シーズンには、フランクフルトのUEFAヨーロッパリーグ無敗優勝に貢献。鎌田選手自身も5ゴールを記録し、大会制覇の原動力となった。この活躍が、2022年FIFAワールドカップ・カタール大会の代表選出へとつながった。その後もさらなる高みを目指してイタリア・ラツィオへ移籍したのち、フランクフルト時代に共にヨーロッパリーグ優勝を経験したグラスナー監督(当時)率いるイングランド・クリスタルパレスへ加入。中盤での高い戦術的貢献により、チームの中心として存在感を示している。日本代表としては、今夏のFIFAワールドカップに2大会連続で出場。第1戦のオランダ戦で同点ゴール、第2戦のチュニジア戦でも先制点を決め、2試合連続ゴールを記録した。
今大会は、高校時代での経験、努力をきっかけにJリーグ、欧州リーグ、そして日本代表へと大きく羽ばたいた鎌田が、大会の顔であり、高校生たちの目標となる「応援リーダー」を務める。
「第105回全国高校サッカー選手権大会」は、12月28日に開幕し、2027年1月11日に決勝戦が行われる予定。
【コメント全文】
■鎌田大地
――鎌田選手にとって、東山高校での3年間はどのような時間でしたか。
人生の中で一番サッカーに打ち込んだ時間であり、一生の友達もできた、本当に濃くて貴重な3年間でした。入学当初は「1年目から出ないとプロになれない」と自分のことで頭がいっぱいでしたが、高校1年生の選手権地区大会決勝で自分が決定機を外し先輩たちの3年間を台無しにしてしまったと感じた時、先輩たちが泣いている自分を抱きしめて「来年からお前が引っ張っていくんだぞ」と言ってくれたんです。その責任感から覚悟を決めて姿勢を改め、兵庫から毎朝始発に乗って学校に通い、誰よりも早く坂道ダッシュやドリブル練習を始めました。周囲のために全力を尽くす姿勢を学び、人間として大きく成長させてもらったと思います。
――高校サッカーで培った経験や膨大な練習量が、現在のプレースタイルの軸になっているのでしょうか。
間違いなく軸になっています。高校時代は、10メートル間隔で後輩たち5人に並んでもらって突破するドリブル練習や、重りをつけての坂道ダッシュなど、「自分以上にやっている選手はいない」と思えるまで練習し、それが確固たる自信につながっていました。高校サッカーはエリートばかりの環境ではないからこそ、難しい時期に耐えて下からはい上がっていく精神的な強さが身につきます。プロになって厳しい時期に直面しても妥協せず、自分を信じて努力を続けられているのは、あの3年間で培った覚悟と、ともに高め合った仲間の存在があったからです。
――今年のワールドカップで戦う中で、高校サッカーでの経験が生きたと感じる瞬間はありましたか。
ワールドカップという大舞台でも、「チームのために自分が犠牲になってでも役割を全うしなければならない」場面でまさに生きたと感じています。代表レベルになると個の主張が強い選手が多くなりますが、試合に出られない選手も含め、全員が悔しい思いをいったん脇に置いて同じ方向を向かなければ勝てません。僕自身もポジションや役割の変化を受け入れ、チームの勝利のために全力を尽くすことができましたが、この「チームのために戦う」感覚や思い通りにいかない困難な状況でも踏ん張るメンタリティは、東山高校時代に仲間と共に泥臭くサッカーに向き合った経験があったからこそ発揮できたものだと思います。
それと同時に強く感じたのが、ワールドカップで生まれるチームの一体感は、高校サッカーの空気感と非常に似ているということです。選手権などの大事な舞台では、試合に出られない選手もスタンドから必死に応援し、ピッチ上の選手も彼らの思いを背負って全員で勝利を目指します。負ければ誰もが悔し涙を流し、勝てば全員で爆発的に喜び合う。あのプロでもなかなか味わえないような純粋で特別な一体感や「全員で戦っている」感覚をワールドカップのピッチで再確認できた時、高校サッカーで培った精神的な原点が今も自分の中で深く息づいていることを実感しました。
――最後に、この冬、選手権を目指して戦う高校生選手たちへメッセージをお願いします。
高校時代の3年間は、やっている時は長くしんどく感じても、終わってみれば誰もが「短かった」と感じるほど濃密な時間です。大会中は緊張や試練と言えるような厳しい局面に直面することもあると思いますが、1日1日を無駄にせず、今いる仲間と一緒にサッカーができる幸せをかみしめてピッチに立ってください。「人生を照らすのは特別な才能じゃない。最後まで諦めないその一瞬」です。特別な才能がなかった自分自身も、愚直に練習を重ねてここまで来ることができました。自分と仲間を信じ、後悔のないよう最後の1秒まで全力をぶつけて頑張ってください。
■戸田聖一郎氏(日本テレビスポーツ局プロデューサー)
鎌田選手は高校1年時の地区大会決勝で敗れ全国大会出場を逃しましたが、それを機に努力を重ねて卒業後はサガン鳥栖、さらに欧州へと躍進。欧州タイトルの獲得や2度のワールドカップ出場、そして今夏のワールドカップでの2試合連続ゴールと、今や日本代表をけん引する存在となりました。
今夏のワールドカップでも日本代表の半数を高校サッカー出身者が占めていました。このことからも、高校サッカーは世界への大きな登竜門と言えます。しかし、その華やかな光の裏には数多くの「敗北」が存在します。選手権に挑む高校生たちの現実は厳しく、全国の舞台へ進めず悔し涙をのむ選手、あるいは全国に出場しても途中で敗れていく選手の方が圧倒的多数です。だからこそ、「全国に出られなかった少年」から自力で世界最高峰の舞台へと駆け上がり、自らの挫折を「今の自分をつくる強固な礎」と言い切る鎌田選手の存在は、夢破れたすべての選手たちにとってリアルで希望に満ちた道しるべとなります。
高校サッカーの真の魅力は、単に勝利を喜ぶことだけではありません。勝者はもちろん、負けた者もその悔しさを強烈なバネにして次のステージで大きく飛躍できる――この「勝っても負けても素晴らしい」という理念を、圧倒的な説得力を持って体現されている選手であると考え、鎌田選手に応援リーダーをお願いしました。
世界のトップで激しい戦いを経験してきた鎌田選手の目に、今大会の高校生たちの熱戦がどのように映るのか。そして彼の言葉が、挫折に打ちひしがれる選手たちの背中を押し、次なる夢へと立ち上がらせる大きな原動力となることを心から信じています。
高校サッカー選手権を目指す日々は、決して華やかなものばかりではありません。泥だらけになって走った早朝のグラウンド、息が途切れるほどの走り込み、そして「負けたら終わり」のプレッシャーと戦う厳しい地区大会。その過酷な道のりを乗り越えた者だけが、夢の舞台に立つことができます。
一発勝負のトーナメントだからこそ、ピッチの上には高校生活のすべて、彼らの情熱そのものが凝縮されています。だからこそ、そこで生まれるドラマは見る者の胸を強く打ちます。ゴール前の攻防、泥臭いスライディング、仲間と交わす一瞬の目配せ、そしてホイッスルが鳴り響いた瞬間の歓喜と落涙――。
その「一瞬」が、彼らの未来をドラマチックに変え、学校の歴史に永遠に刻まれ、スタジアムやテレビの前で祈る人々の心を激しく揺さぶります。同時に、負けて涙をのんだあの「一瞬」があったからこそ、人は何度でも立ち上がり、限界を超えて次なる人生へと歩み出すことができるのだと思います。
ピッチ上の選手だけでなく、ベンチ、スタンド、そして応援するすべての人々の思いが重なり合う奇跡のような一瞬。「この冬、人生を揺らす瞬間を。」というテーマの重みを大切にし、全力でこの冬の放送・配信に取り組んでいきます。
【歴代応援リーダー】
第81回大会:小野伸二(当時フェイエノールト/オランダ)
第82回大会:小野伸二(当時フェイエノールト/オランダ)
第83回大会:平山相太(当時筑波大学)
第84回大会:大久保嘉人(当時マジョルカ/スペイン)
第85回大会:中山雅史(当時ジュビロ磐田)
第86回大会:中澤佑二(当時横浜F・マリノス)
第87回大会:小笠原満男(当時鹿島アントラーズ)
第88回大会:長谷部誠(当時ヴォルフスブルク/ドイツ)
第89回大会:田中マルクス闘莉王(当時名古屋グランパス)
第90回大会:内田篤人(当時シャルケ/ドイツ)
第91回大会:遠藤保仁(当時ガンバ大阪)
第92回大会:三浦知良 福島ユナイテッドFC(当時横浜FC)
第93回大会:川島永嗣 ジュビロ磐田(当時スタンダール・リエージュ/ベルギー)
第94回大会:柴崎岳 鹿島アントラーズ(当時鹿島アントラーズ)
第95回大会:岡崎慎司(当時レスター/イングランド)
第96回大会:大迫勇也 ヴィッセル神戸(当時ケルン/ドイツ)
第97回大会:乾貴士 ジュビロ磐田(当時ベティス/スペイン)
第98回大会:長友佑都 FC東京(当時ガラタサライ/トルコ)
第99回大会:内田篤人
第100回大会:林大地 ガンバ大阪(当時シントトロイデン/ベルギー)
第100回大会:前田大然 イプスウィッチ/イングランド(当時横浜F・マリノス)
第100回大会:旗手怜央 バーンリー/イングランド(当時川崎フロンターレ)
第100回大会:上田綺世 リール/フランス(当時鹿島アントラーズ)
第101回大会:中村俊輔(当時横浜FC)
第102回大会:浅野拓磨 サンフレッチェ広島(当時ボーフム/ドイツ)
第103回大会:上田綺世 リール/フランス(当時フェイエノールト/オランダ)
第104回大会:前田大然 イプスウィッチ/イングランド(当時セルティック/スコットランド)
第105回大会:鎌田大地 クリスタルパレス/イングランド
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鎌田は、京都・東山高校の1年時に選手権地区大会・決勝を経験したものの、全国大会出場の夢はかなわななかった。卒業後は、当時J1リーグのサガン鳥栖に加入し、5月にJ1初出場を果たした。サガン鳥栖で65試合13得点と活躍したのち、海外挑戦への強い意欲のもと、ドイツ・フランクフルトからのオファーを受けて20歳で欧州へ移籍した。
フランクフルト1年目は出場機会に恵まれず、翌年はベルギー・シントトロイデンへレンタル移籍。新天地では34試合15ゴールと大ブレイクを果たし、1年でフランクフルトへ復帰。2021-22シーズンには、フランクフルトのUEFAヨーロッパリーグ無敗優勝に貢献。鎌田選手自身も5ゴールを記録し、大会制覇の原動力となった。この活躍が、2022年FIFAワールドカップ・カタール大会の代表選出へとつながった。その後もさらなる高みを目指してイタリア・ラツィオへ移籍したのち、フランクフルト時代に共にヨーロッパリーグ優勝を経験したグラスナー監督(当時)率いるイングランド・クリスタルパレスへ加入。中盤での高い戦術的貢献により、チームの中心として存在感を示している。日本代表としては、今夏のFIFAワールドカップに2大会連続で出場。第1戦のオランダ戦で同点ゴール、第2戦のチュニジア戦でも先制点を決め、2試合連続ゴールを記録した。
今大会は、高校時代での経験、努力をきっかけにJリーグ、欧州リーグ、そして日本代表へと大きく羽ばたいた鎌田が、大会の顔であり、高校生たちの目標となる「応援リーダー」を務める。
「第105回全国高校サッカー選手権大会」は、12月28日に開幕し、2027年1月11日に決勝戦が行われる予定。
【コメント全文】
■鎌田大地
――鎌田選手にとって、東山高校での3年間はどのような時間でしたか。
人生の中で一番サッカーに打ち込んだ時間であり、一生の友達もできた、本当に濃くて貴重な3年間でした。入学当初は「1年目から出ないとプロになれない」と自分のことで頭がいっぱいでしたが、高校1年生の選手権地区大会決勝で自分が決定機を外し先輩たちの3年間を台無しにしてしまったと感じた時、先輩たちが泣いている自分を抱きしめて「来年からお前が引っ張っていくんだぞ」と言ってくれたんです。その責任感から覚悟を決めて姿勢を改め、兵庫から毎朝始発に乗って学校に通い、誰よりも早く坂道ダッシュやドリブル練習を始めました。周囲のために全力を尽くす姿勢を学び、人間として大きく成長させてもらったと思います。
――高校サッカーで培った経験や膨大な練習量が、現在のプレースタイルの軸になっているのでしょうか。
間違いなく軸になっています。高校時代は、10メートル間隔で後輩たち5人に並んでもらって突破するドリブル練習や、重りをつけての坂道ダッシュなど、「自分以上にやっている選手はいない」と思えるまで練習し、それが確固たる自信につながっていました。高校サッカーはエリートばかりの環境ではないからこそ、難しい時期に耐えて下からはい上がっていく精神的な強さが身につきます。プロになって厳しい時期に直面しても妥協せず、自分を信じて努力を続けられているのは、あの3年間で培った覚悟と、ともに高め合った仲間の存在があったからです。
――今年のワールドカップで戦う中で、高校サッカーでの経験が生きたと感じる瞬間はありましたか。
ワールドカップという大舞台でも、「チームのために自分が犠牲になってでも役割を全うしなければならない」場面でまさに生きたと感じています。代表レベルになると個の主張が強い選手が多くなりますが、試合に出られない選手も含め、全員が悔しい思いをいったん脇に置いて同じ方向を向かなければ勝てません。僕自身もポジションや役割の変化を受け入れ、チームの勝利のために全力を尽くすことができましたが、この「チームのために戦う」感覚や思い通りにいかない困難な状況でも踏ん張るメンタリティは、東山高校時代に仲間と共に泥臭くサッカーに向き合った経験があったからこそ発揮できたものだと思います。
それと同時に強く感じたのが、ワールドカップで生まれるチームの一体感は、高校サッカーの空気感と非常に似ているということです。選手権などの大事な舞台では、試合に出られない選手もスタンドから必死に応援し、ピッチ上の選手も彼らの思いを背負って全員で勝利を目指します。負ければ誰もが悔し涙を流し、勝てば全員で爆発的に喜び合う。あのプロでもなかなか味わえないような純粋で特別な一体感や「全員で戦っている」感覚をワールドカップのピッチで再確認できた時、高校サッカーで培った精神的な原点が今も自分の中で深く息づいていることを実感しました。
――最後に、この冬、選手権を目指して戦う高校生選手たちへメッセージをお願いします。
高校時代の3年間は、やっている時は長くしんどく感じても、終わってみれば誰もが「短かった」と感じるほど濃密な時間です。大会中は緊張や試練と言えるような厳しい局面に直面することもあると思いますが、1日1日を無駄にせず、今いる仲間と一緒にサッカーができる幸せをかみしめてピッチに立ってください。「人生を照らすのは特別な才能じゃない。最後まで諦めないその一瞬」です。特別な才能がなかった自分自身も、愚直に練習を重ねてここまで来ることができました。自分と仲間を信じ、後悔のないよう最後の1秒まで全力をぶつけて頑張ってください。
■戸田聖一郎氏(日本テレビスポーツ局プロデューサー)
鎌田選手は高校1年時の地区大会決勝で敗れ全国大会出場を逃しましたが、それを機に努力を重ねて卒業後はサガン鳥栖、さらに欧州へと躍進。欧州タイトルの獲得や2度のワールドカップ出場、そして今夏のワールドカップでの2試合連続ゴールと、今や日本代表をけん引する存在となりました。
今夏のワールドカップでも日本代表の半数を高校サッカー出身者が占めていました。このことからも、高校サッカーは世界への大きな登竜門と言えます。しかし、その華やかな光の裏には数多くの「敗北」が存在します。選手権に挑む高校生たちの現実は厳しく、全国の舞台へ進めず悔し涙をのむ選手、あるいは全国に出場しても途中で敗れていく選手の方が圧倒的多数です。だからこそ、「全国に出られなかった少年」から自力で世界最高峰の舞台へと駆け上がり、自らの挫折を「今の自分をつくる強固な礎」と言い切る鎌田選手の存在は、夢破れたすべての選手たちにとってリアルで希望に満ちた道しるべとなります。
高校サッカーの真の魅力は、単に勝利を喜ぶことだけではありません。勝者はもちろん、負けた者もその悔しさを強烈なバネにして次のステージで大きく飛躍できる――この「勝っても負けても素晴らしい」という理念を、圧倒的な説得力を持って体現されている選手であると考え、鎌田選手に応援リーダーをお願いしました。
世界のトップで激しい戦いを経験してきた鎌田選手の目に、今大会の高校生たちの熱戦がどのように映るのか。そして彼の言葉が、挫折に打ちひしがれる選手たちの背中を押し、次なる夢へと立ち上がらせる大きな原動力となることを心から信じています。
高校サッカー選手権を目指す日々は、決して華やかなものばかりではありません。泥だらけになって走った早朝のグラウンド、息が途切れるほどの走り込み、そして「負けたら終わり」のプレッシャーと戦う厳しい地区大会。その過酷な道のりを乗り越えた者だけが、夢の舞台に立つことができます。
一発勝負のトーナメントだからこそ、ピッチの上には高校生活のすべて、彼らの情熱そのものが凝縮されています。だからこそ、そこで生まれるドラマは見る者の胸を強く打ちます。ゴール前の攻防、泥臭いスライディング、仲間と交わす一瞬の目配せ、そしてホイッスルが鳴り響いた瞬間の歓喜と落涙――。
その「一瞬」が、彼らの未来をドラマチックに変え、学校の歴史に永遠に刻まれ、スタジアムやテレビの前で祈る人々の心を激しく揺さぶります。同時に、負けて涙をのんだあの「一瞬」があったからこそ、人は何度でも立ち上がり、限界を超えて次なる人生へと歩み出すことができるのだと思います。
ピッチ上の選手だけでなく、ベンチ、スタンド、そして応援するすべての人々の思いが重なり合う奇跡のような一瞬。「この冬、人生を揺らす瞬間を。」というテーマの重みを大切にし、全力でこの冬の放送・配信に取り組んでいきます。
【歴代応援リーダー】
第81回大会:小野伸二(当時フェイエノールト/オランダ)
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第87回大会:小笠原満男(当時鹿島アントラーズ)
第88回大会:長谷部誠(当時ヴォルフスブルク/ドイツ)
第89回大会:田中マルクス闘莉王(当時名古屋グランパス)
第90回大会:内田篤人(当時シャルケ/ドイツ)
第91回大会:遠藤保仁(当時ガンバ大阪)
第92回大会:三浦知良 福島ユナイテッドFC(当時横浜FC)
第93回大会:川島永嗣 ジュビロ磐田(当時スタンダール・リエージュ/ベルギー)
第94回大会:柴崎岳 鹿島アントラーズ(当時鹿島アントラーズ)
第95回大会:岡崎慎司(当時レスター/イングランド)
第96回大会:大迫勇也 ヴィッセル神戸(当時ケルン/ドイツ)
第97回大会:乾貴士 ジュビロ磐田(当時ベティス/スペイン)
第98回大会:長友佑都 FC東京(当時ガラタサライ/トルコ)
第99回大会:内田篤人
第100回大会:林大地 ガンバ大阪(当時シントトロイデン/ベルギー)
第100回大会:前田大然 イプスウィッチ/イングランド(当時横浜F・マリノス)
第100回大会:旗手怜央 バーンリー/イングランド(当時川崎フロンターレ)
第100回大会:上田綺世 リール/フランス(当時鹿島アントラーズ)
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第102回大会:浅野拓磨 サンフレッチェ広島(当時ボーフム/ドイツ)
第103回大会:上田綺世 リール/フランス(当時フェイエノールト/オランダ)
第104回大会:前田大然 イプスウィッチ/イングランド(当時セルティック/スコットランド)
第105回大会:鎌田大地 クリスタルパレス/イングランド
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